|
九州大学健康科学センター 山本和彦 |
ローマ時代の歴史家プルタルコス(AD 45-120頃)の傑作『対比列伝』の中の「アレクサンダー」(The Loeb Classical Library, Harvard University Press 1919)によれば、アレクサン ダー大王(356-323 BC)は、苦しい戦いを強いられたインド遠征からペルシャに帰還した後、自分が殺めた友の亡霊を祓うかのようにしばしば大宴会を催し、招待 した9000人の客人の借金をすべて肩代わりするなど、大盤振舞いを繰り返したそうです。紀元前323年春、アレクサンダーはバビロンに入城しようとしま すが、部下の一人がバビロン入城を思いとどまるよう彼に進言します。進言を聞き流したアレクサンダーがバビロンに到着したとき、城壁の上でたくさんのカラ スが鳴いていました。その数匹が足下に落ちて死んだのを見たアレクサンダーは不吉な予感を覚え、バビロン城中で行われた供犠について占い師に質します。供 犠の肝臓に異変があったことを聞いたアレクサンダーは凶兆に驚き、バビロンに来たことを後悔します。バビロン城外にテントを張ったアレクサンダーはユーフ ラテス川を遊覧したり、ゲームに興じたりして過ごしますが、凶兆が次々に現れ、次第に気分が落ち込んできます。神助を信じられなくなり、友を疑うように なったアレクサンダーは不安・惑乱状態に陥り、何を見ても吉凶の現れと感じるようになってしまいます。アレクサンダーの宮殿は占い師や呪術師、供犠を行う 祭司であふれ、供犠と宴会が繰り返し行われました。5月のある日、アレクサンダーはインド遠征で苦楽を共にした武将のために大宴会を催します。宴会が終 わってアレクサンダーはいつものように風呂を浴び、ベッドに入ろうとしますが、部下が来て再び酒盛りがはじまりました。一晩中飲み明かしたアレクサンダー が、“ヘラクレスの酒杯”で大量の酒を一気に飲んだ時、槍で突き刺されるような激痛が背部に走りました。この後から高熱に苦しむようになったアレクサン ダーは、喉の渇きをいやすためにワインを飲んでせん妄状態に陥り、6月13日にバビロンで33歳の生涯を閉じました。このアレクサンダーの最後を今日の言 葉で言い換えると、次のようになります。〈友の亡霊に怯えるアレクサンダーは、占いの結果に不安を覚えた。次第に不安感が高じたアレクサンダーは全般性不 安障害を発症し、不安定な精神状態に陥った。アレクサンダーは供犠を行い、酒を飲むことで不安感を紛らしていたが、ある時仲間と酒を飲んでいて、イッキ飲 みをした。急激なアルコール多飲で急性膵炎を発症し、口渇をいやすためにワインを飲んで膵炎が悪化し、死亡した。〉
1927年(昭和2年)7月24日、芥川龍之介は睡眠薬による自殺 を遂げましたが、それは後の太宰治や三島由紀夫の自殺とともに、その時代の日本人に衝撃を与えた一つの“事件”でした。芥川は遺書を残し、その中で自殺の 理由を「僕の将来に対するただぼんやりした不安」と述べています。晩年の芥川は、義兄の自殺、近代文芸読本編集に伴う紛争、養父母との関係などの悩みを抱 え、「不眠症に襲われ」、「体力も衰え」、「胃酸過多、胃アトニイ、乾性肋膜炎、神経衰弱、蔓性結膜炎、脳疲労」に苦しむ状態でしたが、自殺の原因として やはり「ぼんやりした不安」を否定することはできません。
晩年のアレクサンダーは占いの凶兆に不安を抱き、不安感が高じてア ルコール多飲で死亡し、芥川は「ぼんやりした不安」の言葉を残して自殺したわけですが、不安を起こす直接的原因が明確でないにもかかわらず不安感を抱き、 不安のために心身の不調をきたす病的状態を全般性不安障害といいます。ここでは、全般性不安障害について概説します。
Columbia Encyclopedia (Fifth Edition) では、不安は「特別の脅威がない状態で持続する、予期的緊張または漠然とした恐怖感。実際の脅威に対する現実的反応としての恐怖に対し、不 安は一般に無意識下の脅威に関係する」と定義されています。当然、不安と恐怖は密接な関係にあります。恐怖は明らかな脅威があるのに対して、不安は多少と も将来の脅威を懸念をもって予期することで起こる、嫌な感覚・情動です。恐怖における脅威はリアルですが、不安における脅威は殆どがイメージされたもので す。
野生動物は警戒心が強く、危険に曝されるとフリーズして動かなく なってしまいます。野生動物と同じように、不安に苛まれる人は過敏な警戒状態にあり、脅威に対して過剰に反応する傾向があると言われています。不安に苦し む患者に二種類の視覚刺激を同時に加えると(一方は恐ろしい刺激、他方は恐ろしくない刺激)、恐ろしい刺激により素早く反応して、これに意識を集中しま す。一方、健常者は恐ろしくない刺激により素早く反応して、恐ろしい刺激から注意をそらします。不安に苦しむ患者に言葉(一方は恐ろしい言葉、他方は恐ろ しくない言葉)を書いた色紙を見せ、その色を言ってもらう検査を行うと、恐ろしい言葉を書いた色紙の色を言うまでの時間は、恐ろしくない言葉を書いた色紙 の色を言うまでの時間より長くなる傾向があります。これは、不安に苦しむ患者が恐ろしい言葉に注意を集中しているためです。20msという、意識レベルに達しないほどの短い時間、恐ろしい言葉を書いた色紙を見せ ても遅延傾向が出るため、不安に苦しむ患者の過敏な警戒状態は、無意識のレベルで起こると考えられています(Encyclopedia of Stress, Academic Press 2000, Anxiety)。
全般性不安障害の患者は過度の不安に苦しんでいますが、少なくとも 過去6月間、不安に苛まれる日数がそうでない日数を上回っています。患者は不安・憂慮に加えて、落ち着きのなさ、易疲労感、集中力低下、イライラ感、筋緊 張感、睡眠障害のうち、少なくとも3つの症状をもっています。深刻な不安ではない場合でも、患者はいつも不安に苛まれて困った状態にあり、不安感をコント ロールすることができず、社会生活・日常生活に支障をきたしています。不安の程度・持続期間・頻度は、恐れている事が実際に起こる可能性からして、また起 こったときのインパクトから考えると、理解を超える程度に亢進しています。不安はしばしば、お金や健康の問題、家事や育児など、日常生活のルーチンな事柄 と関係しており、患者は不安が頭にこびりついて離れず、普段の仕事をしていても気になります。また時期によって、不安の原因が変わることもあります(DSM-IV 1994: 432-436)。
全般性不安障害は、●不安をコントロールすることが難しく、不安に よって日常生活が障害される、●不安がより顕著で、より持続し、気分を落ち込ませる、●易疲労感やイライラ感、落ちつかないなどの症状を伴う点で、我々が 日常感じる通常の不安と異なります(DSM-IV 1994: 432-436)。また、全般性不安障害では、手がふるえる、筋肉がピクピクする、フラフラする、筋肉痛、口渇、冷や汗がで る、手足が冷たい、頻尿、ものが飲み込みにくい、ちょっとしたことでビックリする、などの多彩な症状をしばしば伴います(DSM-IV 1994: 432-436)。
患者は男性より女性が多く、3分の2が女性です。社会における全般 性不安障害の有病率は約3%で、人の一生における有病率は5%程度です。患者の多くは、生涯不安につきまとわれている、神経質になっていると訴えます。子 供時代、思春期から病気があったという人が多いのですが、20歳を過ぎて発病する人も稀ではありません。症状は、良くなったり悪くなったりして慢性の経過 をとりますが、ストレスがあると症状が悪化します(DSM-IV 1994: 432-436)。
患者の血縁者は、全般性不安障害の有病率が15%程度と高くなりま す。また2卵生双生児の一方が全般性不安障害を罹患した場合、他方が罹患する率は4%ですが、1卵生双生児の一方が罹患した場合、他方も罹患する率は 40%になります。全般性不安障害は、くよくよする性格の人に起こりやすい傾向がありますが、そうでない性格の人にも起こります。しばしばストレスフルな 出来事に関連して発症し、このストレスが続くと全般性不安障害が慢性化します。発病してすぐの患者は回復しやすいのですが、症状が6ヶ月以上続いた患者の80%は、治療して3年後も症状が続いています(Oxford Textbook of Psychiatry 1990: 175-183)。
〔Edgy Electritian〕
Aは 27歳の電気技師である。彼は立ちくらみ、手の冷や汗、動悸、耳鳴りを訴えており、このような症状は18ヶ月以上も続いている。また、口やのどが渇く、筋 肉のこり、いつもイライラした過敏な感じがあり、物事に集中できない。このような感じは、この2年間ずっとあったような気がする。彼は今まで、かかりつけ 医や神経内科医、脳神経外科医、脊椎指圧療法士や耳鼻咽喉科医にかかり、低カロリー食や生体療法などを試してきた。
また、Aは 自分の両親の健康をいつも心配しており、自分は良き父親であるか、良き夫であるか、職場の同僚に好かれているかなどを気に病んでいる。自分の心配が杞憂で あると分かっているが、やめることができない。この2年間Aは、心配のために 社会との接触が減ってきた。時々耐えられなくなって、会社を休むことがあるが、高校卒業後に弟子入りした会社に今も勤めている(DSM-IV Casebook 1994: 298-300)。
動物は恐怖を感じますが、イメージされた脅威に対する不安はありま せん。不安は、知性と思考力をもつ人間に起こる現象です。人間の知的レベルが上がるほど、将来を見通す能力が高まり、イメージされた脅威に対する不安はか えって増大します。人間は、知識が増えるほど、情報が増えるほど、不安が増すというパラドックスを生きることを強いられた奇妙な生き物なのかもしれませ ん。21世紀、文明・科学技術の発達によって人間が直接的な恐怖感を覚える脅威は減ると思われますが、知的レベルでイメージされた脅威に対する不安は増え ることはあっても、減ることはないようです。